学校に行くのがつらい先生へ。休むことはダメなことではない。

結論
学校に行くのがつらいと感じている先生は、一度”離れる選択”=”休むことを選択”してもいいです。休むことはダメなことではありません。立ち止まることでしか見えない景色があります。

目次

1.教員として限界を感じたあの日

私は6年前、中学校で担任をしていました。
毎日が忙しく、授業・部活・生徒指導・教育実習生の指導・行事の準備・・・やらなければならないことに追われ続ける日々。
気づけば「今日も一日が終わってしまった」と思うだけで、
頭も働かず達成感もなく、ただただ疲れていました。

ある日、朝の通勤中に「このまま車ごと川に落ちてしまいたい」
そんな考えが、頭をよぎりました。
今思えば、それが“限界のサイン”でした。


2.「休む=逃げ」でもいい

当時の私は、「休むなんて無責任だ」と思っていました。
生徒たちを放り出すこと、同僚に迷惑をかけることが怖かった。
でも、心も体も悲鳴を上げている状態で無理を続けても、
誰のためにも何のためにもならなかったんです。

結局、すぐに辞める勇気はなかったけれど、私は休職を選びました。
このまま続ける道を選ぶと「このままでは教員をやめるどころか、人生をやめることになる」という危機感がかなり強くなっていました。

休むことは、逃げること。そう考える人もいるかもしれません。

「教員であり続ける自分」にしがみついて、いつのまにか人生の舞台そのものから降りてしまうぐらいなら、一度逃げた方がいい。

私はあれから6年経った今でも当時担任していた生徒たちには申し訳ない気持ちでいます。だけど、「担任の先生が突然いなくなった」は、「担任の先生が突然この世からいなくなった」よりは、だいぶマシですよね。だから休職をする選択をして、よかったというか、あの時はそうせざるを得なかった。まともな選択だった。逃げるしかない状態だった。今でもそう思っています。

自分を追い詰めすぎている現実からは、ひとまず、逃げてもいいと思います。


3.休職して気づいたこと

休職中、まず大きく変わったのは時間の進み方でした。
いちいち時計を確認しなくても、ゆっくりと時が流れる感じ。
これまで、どれだけ自分が“追い立てられて生きていたか”を思い知りました。

家族との時間、自分と向き合う時間、いつの間にか置き去りにしていました。

そして気づいたんです。
休むことは「自分を取り戻す時間」なんだと。


4.今、しんどくて仕方ない先生へ伝えたいこと

「もっと頑張らなきゃ」
「私がいなくなったら困る」

そう思っているあなたに、伝えたいです。

あなたが心を尽くしてきた優しさや努力は、
すでに関わってきた子どもたちや周りの人たちにちゃんと届いています。


だからどうか、自分を壊してまで頑張らないで

“休むこと”は、“立て直すこと”。
ダメなことじゃない。
再びあなたの優しさを誰かに届けられるときがくるまでの準備期間が必要なのです。

体も心も限界を感じたら、自分を大切にする選択をしてください。


まとめ

学校に行くのがつらい先生へ。
今は、立ち止まることを選んでいい。
立ち止まった先に、新しい風景が待っています。

あなたの人生は、教員という肩書きだけではありません。
教員である前に——
あなた自身に生きていてほしい。

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この記事を書いた人

元中学校教員。現在は放課後等デイサービスを運営中。小学生の母。
「たりないままで生きていく」をテーマに、子ども・教育・発達・家庭・心のことを書いています。

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